XT60「座る文化」の再構築−内山貞文(ポートランド日本庭園文化・技術主監)

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XT60「座る文化」の再構築−内山貞文(ポートランド日本庭園文化・技術主監)

情緒の奥歯としての「畳」

今回のデザインプロジェクトでは、「座る文化」をあらためて問い直しました。というのも、この依頼を受けたとき、草新舎の社長の高橋寿さんが畳に「座る文化」を集約させようとしていることが伝わってきて非常に興味深く思ったのです。僕は日本で生まれ育ちましたが、長くはアメリカで暮らしています。そうすると「床に座る」という行為は、案外、意識的におこなうものなのだということに気づきます。床に座ると、頭上の空間が開けて余白が生まれ、見えてくるものが変化します。またその心地も、板張りの床なのか、畳なのかでずいぶん異なってきます。さらに、「座る」=「重心を下げる」ことで、日中、活発に動き拡張した身体や頭を、じっと落ち着かせ収縮することができます。また、日本の場合だと、畳の厚みの分だけすこしあがった場所に座りますから、それだけでもある種、儀礼的な要素があるわけです。そこに座り、そこが自分自身に立ち返る居場所になる。「座る文化」の象徴である畳は、日本人の情緒の奥歯になっていると思います。

身体と伝統をベースにした正方形

今回、ヒューマンスケール(人間の身体をもとにした尺度)である一寸一尺を基本にしました。造園や作庭の仕事も、昔からこの一寸一尺をベースにおこなわれているので、僕にとっては全く異なる分野の仕事をしている感覚はありませんでした。一尺と1フィートは、約30cmでほぼ同じサイズ感です。実は、私たちが日常生活でよく使う1mという単位は、計算上はじき出された便宜的な数字なので、身体をベースにしたサイズ感覚ではありません。畳のサイズは三尺×六尺(90cm×180cm)が基本で、そこから「座る」ということに焦点を絞って、60cm四方の正方形の畳をデザインしました。正方形の畳は、一見、奇抜に見えるかもしれませんが、たとえば桂離宮の市松模様のように、正方形を組んでいくと長方形つまりは戸板一枚の大きさになるという古くから必然性を持つデザインでもあるのです。XT60も一枚の正方形で使うこともできますが、それらを組んでゆくと長方形にもなります。正方形は長方形と共存する運命にあると言ってもいい(笑)。正方形の畳は、「座る」ということにむしろストレートに向き合った結果です。そのように、日本の伝統文化の幅にきちんとおさまりながらも、少しずらした部分があります。それは、並べたときの陰影が美しく映えるように畳表を45度傾けたものもつくったことです。縁をつけたものもあるので、組み方次第でさまざまなアレンジが可能です。

「座る文化」を再考したうえで、僕が実際にデザインしたのは半分です。畳や庭などは、実際に使われてこそ意味があるものですから。これから、XT60が実際に使われていくなかで、デザインした僕の意図を大きく超えていくことが起こると思いますし、その残り半分が楽しみでもあります。

XT60デザイン草案

これからの暮らしを想像する

コロナ感染症の拡大は今や、世界規模で私たちに「Slow down」「Stay home」を要求しています。このような災厄の渦中では、根本的なことを考えざるを得ません。みんな、自宅で料理し食事をして、眠るという生活の原点に立ち返るような経験をしていると思います。でも、考えてみると、そのような環境は人工的につくれるものではないですよね。だから永平寺のお坊さんは、山奥にわざわざお寺をつくったわけです。今、このコロナ禍では、平地にいても里にいても、永平寺にいるような環境に身を置いているとも考えられるわけです。

ほかにも、地理的な旅をして異文化に身を置いたとき、はらりはらりとこれまで身につけたものが落ちていくことがありますが、今回のパンデミックでも、旅と同じようなことが起こっていると言えないでしょうか。つまりは、これまでを再考することで、余計なことが身から落ちていくような経験。それでも、大事なもの本質的なものは、やはり残るんですよね。それは、程度の違いこそあれ、永平寺のお坊さんたちが深山で真実に近づこうとしていることと似ていると思うんですよ。否応なく問い直しを迫られる環境のなかで、これまでをどのように清算し、これからをどのようにつくっていくのか。おそらく世界は元には戻りませんから。火事場の焼け跡から、使えるものを拾ってきて生活をつくっていくように、これからの数年は、パンデミックの経験から自分のなかに残ったものを掬い上げ、信じるに足るもので暮らしをつくっていくことになると思います。

(聞き手・構成:清水チナツ)

 

内山 貞文(うちやま・さだふみ)ポートランド日本庭園文化・技術主監/造園・作庭家。

1955年福岡県生まれ。明治後期から造園業を営む家に生まれ、幼少の頃より職人の手ほどきを受ける。タンザニア、イエメンでの開発協力を経て1988年に渡米し、イリノイ大学ランドスケープアーキテクト学士号および修士号を取得。日本庭園の技術と西洋のランドスケープアーキテクトとしてのトレーニングを融合、個人庭園から公共緑化と幅広い分野で活動。代表作は、シカゴ市ジャクソンパーク、デンバー植物園やデューク大学内の日本庭園など。北米日本庭園協会(NAJGA)の構想・設立発起人。2010年からアメリカ各地で、商業施設や個人住宅など、隈研吾氏(建築家)とコラボレーション。アメリカをベースとして講演・執筆活動。公共日本庭園や大学にて造園設計・施工指導をおこなっている。2018年に日本庭園協会100周年式典で「日本庭園協会賞」受賞。

Sadafumi Uchiyama sou-shin-sha XT

▼  XT商品紹介ページ|草新舎公式ウェブサイト
http://soushinsha.co.jp/xt-index/

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