作庭家と探求する新たな畳−内山貞文(ポートランド日本庭園文化・技術主監)3/3

自然を排し安全を確保した住空間が主流の現代だが、自然(ワラ畳)を持ち込むことで生まれる、人が生きるために必要な快適で美しい環境を再考するために、住空間に自然を持ち込むことに長けた日本庭園の造園・作庭家の手を借りることにした。内山貞文氏(ポートランド日本庭園文化・技術主監/造園・作庭家)と模索する、かつてない伝統的な畳(XT)とは?


Sadafumi Uchiyama sou-shin-sha XT 3

庭・畳/生きるためのインフラストラクチャーとして

今回、草新舎の畳を見て、本物だと思いました。残る運命にあると思います。そういう意味では、畳も日本庭園も生きるためのインフラストラクチャー(社会基盤)なのです。もっと言うと、それがないと人間は生きていけない。人間は、物理的なものだけでなく、精神的なものも必要とします。たとえ肉体的に生きているとしても、精神的に死んでしまうことだってあるわけです。本来、インフラストラクチャーはその幅で考えられるべきなのです。物理的に生死に関わるのは、食べ物や水、空気などかもしれませんが、精神的に生死に関わるものとして、芸術や美、つまり庭園や畳があるわけです。だから、残されるし、残らなければならないし、残ってきたのだと思うのです。
ポートランドの日本庭園の来場者数は年間50万人ですが、なかには、毎週来る方がいます。その理由を訊ねても、その方は「好きだから」と答えるのですが、僕たちはその「好きだ」というのが、どういうことなのか考えなくてはなりません。「好きだ」というのは一つの言い方であって、その気持ちがどこから湧いてくるのか? その根源を知りたいわけです。僕はそれを20年間考え続けていて、見えてきたことがあります。
一つは強制収容所につくられた日本庭園のこと。第二次世界大戦中、アメリカにいた日系人約12万人は、砂漠や荒野につくられた10カ所の強制収容所に収容されました。その跡地から、次々に日本庭園が発掘されているのです。空腹を満たすには、限られた土地を利用してニンジンやタマネギをつくった方が、明らかに良いわけですが、そのような過酷な状況下でも日本庭園がつくられていたのです。庭師がいたわけでもないのに、それでも彼らは、「心の原風景としての庭」をつくらざるを得なかったわけですよね。それは、ある意味では、「人間の尊厳」に関わることだったのだと思うのです。
二つ目は、室町幕府8代将軍の足利義政のこと。室町幕府の存立が風前の灯火というとき、義政は、お茶を飲み庭をつくっていました。このことを、「阿呆将軍が道楽に走った」という言い方で済ませられるのか? という気が、僕はするのです。むしろ、「危機的な状況で、彼はそれをせざるを得なかった」とも言えると思うんです。
この二つのことが、僕にはピッタリ一致して見えるんです。そうせざるを得なかった理由が、どこかにあるわけです。たとえ時代や場所が違えども、人間が生きるために必要とする精神的なインフラストラクチャーには、やはり通底するものがあって、最近はそれらが一斉に肩を並べるように見えてきたのです。

Sadafumi Uchiyama sou-shin-sha XT 2

何気ない潔さ/「できるべきもの」としてのデザイン

僕がこのXTのデザインを引き受けた際に、まず車を例にして考えたのは、車道を走れないコンセプトカーではなく、きちんと車道を走れるものをつくる、ということです。車道を走るということは、そこに信号機もあるし、横断歩道もある。つまり、このXTもさまざまな条件下でデザインしていくことになるわけです。あと、「自分が納得できるもの」というのは、意外に危険で、職人が陥りやすい落とし穴でもあると思っています。
ですから、僕がデザインするXTは、あっと驚くようなものにはならないと思いますし、僕が決めたというよりも、さまざまな条件の中から「決まってゆくもの」「もうこれしかないという形」が、できてくると思っています。試行錯誤を重ねた先で、斬新なものや奇抜なものではなく「何気ないもの」を提示するのは、勇気の要ることですし、怖いことでもあるわけです。「何気ないもの」を提示された側は、大抵、どよめきますから(笑)。でも、物をつくる者として、その潔さや勇気は、必ず持っていなければならないものなのです。僕は、自分のことを天才だとは思いません。できるべきものしか、できてこないと思っています。

(聞き手・構成:清水チナツ)

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▼ ポートランド日本庭園 公式ウェブサイト
https://japanesegarden.org/

▼ ポートランドの日本庭園が建築家・隈研吾の手によってリニューアルオープン。 / WEBマガジン「#casa」(ハッシュ・カーサ)
https://hash-casa.com/2017/11/18/portlandjapanesegarden/